コラム

イタバシュラン短編小説集 板橋の小さな夜 vol1

平日と休日の区別もつかないほど、慌ただしい毎日に追われる中で、僕は残りの仕事を家で片付けようと見切りをつけて、都営地下鉄三田線の新高島平行きの終電に乗り込んだ。

車内には師走の雰囲気が立ち込める。

赤ら顔でお酒の余韻を残したまま、うたた寝をするサラリーマンや、二人で仲良く話しているカップル、眉間にしわを寄せて何かにとりつかれたようにスマートフォンを覗き込む女性。それぞれが、各々の夜を迎え、そして終わらせようとしている。

僕は、パソコンと一眼レフカメラが入ったパタゴニアのリュックを大事そうに抱えてぼんやりと一週間を思い返す。

嫌なことも楽しいことも、やらなければいけないことも、やり損ねたことも、時間という見えない荒波に飲まれて、気づいたらもう週末を迎えている。

「大人になれば時間があっという間に過ぎるものだよ」

子供の頃に聞いた、いつかの誰かの言葉を思い出す。

(それが大人なのだとしても、充実しているのとはまるで違う。人生があと何年残されているのか分からないけど、僕は僕の人生を歩めているのだろうか)

『次は新板橋。新板橋です』

僕のくだらない悩みをかき消すように機械的なアナウンスが流れる。

僕は人込みを縫うように避けて、電車を降りる。

時計を見ると、土曜日になっていた。

誰にも見つからないように小さくため息をついて、一歩一歩地上へと続く階段を上る。

駅を出ると、板橋の淡い街並みの光が目に入っている。

(少し、飲みたい気分だな・・・)

家に帰って、ワンルームの小さな明かりを灯すのが嫌で、僕は踵を返すと、家とは真逆の飲み屋街へ足を向けた。