洗濯機から運転を終了するブザーが鳴っても、僕はしばらく布団から出れなかった。
寝ぼけ眼で携帯をまさぐり、まだ17時だということに気づき、少しだけホッとする。
朝なのか夜なのか、ここが家なのか、何処なのかもハッキリしないまま天井を見つめる。
なかなか思うように動かない頭の中を整理して、昨夜の記憶を遡る。
昨夜の壮絶な映像が脳裏に浮かぶ。
会社の飲み会が盛り上がり、終電を逃した僕は、同期の連中と居酒屋をはしごしたまでは良かったが、そこで吐くまで飲んでしまい、頭痛と胸焼けを耐えながらなんとか自宅に帰ったのだった。
洗濯機をセットした記憶は無いが、変に几帳面な僕の性格からして、無意識のままにアラームでセットしていたのだろう。
窓の外を見ると、もうすっかり暗くなっている。
(また1日を無駄にしたな・・)
僕はため息をついて、まだ残る頭痛を感じながら布団の外に出た。
ふいに携帯が鳴る。
画面を見ると、同期の瀬長からだった。
有名大学を出ていて、整った顔をしている瀬長は、会社で早くも期待されている存在だった。
根が暗く、要領の悪い僕とは対照的な男だが、少ない同期が一人、また一人と辞めていく中で、三年目には僕と瀬長とリカだけしか残っておらず、ともに過ごす時間も必然的に長くなっていた。
なかなか鳴り止まない電話に根負けし、僕は通話ボタンを押す。
「・・もしもし」
「あ、やっと出た。昨日大丈夫だったか?そうとう具合悪そうだったけど」
「まあ、うん。頭は痛いけどなんとか生きてるよ」
「そうか。なあ、今から少し出れるか?板橋で飲んでるんだよ」
「珍しいな。でもやめとくよ、頭が痛いし今日は家でゆっくりしておく」
「そうか、残念だな。リカもいるんだけどな」
「・・・そういうことは早く言えよ。場所は何処だ?」
「板橋駅前の、、串焼きや一献ていうところ。分かるか?」
「ああ。家から歩いて10分でところだ」
「オーケー、じゃあ待ってるよ」
「うん、すぐ行く。あ、瀬長」
「うん?」
「ありがとな」
「貸しだからな」
瀬長の笑い声を聴きながら電話を切った僕は、まるで生き返ったように動き出した。洗濯物を干すのも諦め、温かい湯が出るまで時間のかかるシャワーの蛇口を勢いよくひねる。
僕はリカが好きだ。
誰にも言ったことはないのだが、瀬長から言わせると僕の行動は分かりやすいらしい。
リカは福島の大学を卒業して就職をきっかけに上京してきたが、まだ訛りが抜けずにどこか垢抜けない感じがあった。不器用なのに、何に対しても真っ直ぐなリカはそこにいるだけで暗闇を照らしてくれる、僕にとっては光のような存在だった。
僕は入社以来、ずっとリカに片思いをしていた。想いを伝えたい、リカと付き合いたいと何度も思ったが、今の関係性が壊れるのが嫌で、ずっとこの想いを胸の内に抑えている。
(やばいやばい、休みなのにリカに会える!どうする俺、どうするよ?)
高鳴る胸の鼓動を抑えられずに、自然と顔が綻ぶ。
(今日こそは、きっと。今日こそは・・・)
僕は急いでシャワーを浴びて、着替えると急いで一献へ向かった。
「串焼き屋一献」は土曜の夜ということもあってか、早い時間なのに賑わっていた。店内に入ると、瀬長とリカが向かい合わせで飲んでおり、僕に気づいた瀬長が軽く手を上げた。