コラム

イタバシュラン短編小説集『その笑顔に救われて』第三話

カラオケの鉄人は、若い男女で賑わっていた。

301号室に案内され、マラカスとマイクスタンドを手に持ってエレベーターに乗る。

ふいにリカの右肩が僕の左肩に触れ、ドキッとする。

今、地球上でリカの一番側にいるのは僕だ。

その気になれば、手を握ることだってできる。

だけど、僕にはそれが出来ない。

この近すぎる距離が、僕を安心させ、そして苦しめる・・・。

僕らは、うっすらとタバコの臭いがする部屋に入った。

「何飲む?」

瀬長が聞くと、リカは少し悩みながらも「カシスウーロンでも飲もうかな」と答えた。

アルコールが苦手なリカが、お酒を頼むのは珍しい。

僕はちょっとだけテンションが上がる。

「よーし、今日はとことん盛り上がろうぜー!」

ガラにもない事を叫んだ直後、部屋をノックする音が聞こえた。

「遅れてごめ~ん。」

ドアの向こうからピンク色のジャケットに身を包んだモンスターが現れた。

それが、リカが呼んだ友達だと分かるまで、しばらく時間がかかった。

太い大根のような足に履かせたミニスカートが極限まで短い。

「ユッコで~す。板橋、超キャッチうざいんだけど~」

二秒で分かる嘘をついて、ユッコは席に座るなり、細長い煙草に火を点けた。

二の腕がパンパンだ。

ガンダムに出てくるズゴックのようだと僕は思った。

ズゴック(ガンダムに出てくる敵)

「あたしの専門学校の時の友達で、ユッコちゃん。」

リカの言葉を、ユッコは吐き出した煙でかき消した。

ボーイが飲み物を運んでくる。

「あたしも生!あぁー超歌いたーい」

ユッコはそう言うと、瀬長が持っていたデンモクを奪った。

僕は既に相当酔っていたが、ユッコのあまりにも強烈なキャラクターに圧倒されていた。

ユッコは圧倒される僕らに見向きもせず、立て続けに曲を入れた。

あいみょん・家入レオ・西野カナ・・・

流行に疎い僕は、どの曲も知らなかったが、そのどの曲もユッコのだみ声が台無しにしていく。

僕は嫌な予感がした。

立て続けに歌って気分を良くしたユッコは、ビールをガバガバと飲みだした。

「あの、それ僕のビールですけど・・・」

「なに?」

「・・・いえ。なんでもないです・・」

「うん、あ、きみかっこいいね~!名前なんて言うの?」

「俺?・・瀬長だけど・・」

「セナガくんね~!あたしセナガくんのとなりいく~!」

ユッコは強引に瀬長の隣に陣取った。

僕は小さくガッツポーズをする。

(よし!ズゴックは瀬長に任せて、リカは僕がいただく!)

ふいにリカと目が合う。

「ねえ、なんか歌ってよ」

リカは珍しく酔っているようだ。頬がほんのりと赤い。

「えーと・・・どうしようかな」

瀬長が入れたback numberの花束という曲が室内に響き、リカの声が聴きとりづらい。

リカが僕に話しかける。

「ねえ、米津玄師歌える?」

「え?なに?」

「よ・ね・づ・け・ん・し!」

「ごめん、聞こえない」

歌えないとは言えない僕は、聞こえない振りをしたが、浅はかな嘘はすぐにバレる。リカはデンモクで米津玄師を入力して僕に見せてきた。

「ああ、これね。今日はあんまり米津玄師って感じじゃないかな」

苦し紛れにごまかす。

リカは口を結んで分かりやすく残念がると、「だったら何歌う気分なの?」と聞いてきた。

「いや・・昔からカラオケは苦手なんだ。リカは何歌う?そういえば、これだけ一緒にいるのに聞いたことないよ」

僕がそう言うとリカは笑いながら言った。

「これだけ一緒にって。恋人みたいじゃん」

僕は急に恥ずかしくなる。

「でも・・恋人みたいなもんか!あたしたちいつも一緒にいるもんね」

屈託なく笑うリカの顔を見て、僕はあらためて思う。

本当にこの人のことが好きなんだと。

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