コラム

イタバシュラン短編小説集『その笑顔に救われて』最終話

その時間はずいぶんと長く感じられた。

スローモーションで、だけどリアルタイムで、瀬長とリカは激しく舌を吸いあって、絡みつくように抱き合っている。

何かの映画を見ているようだ。

ここにポップコーンとコーラがないことが悔やまれる。

やがてリカは、瀬長の首に手を回し、瀬長の右手がリカの頭を包み込んだ。

リカはただ目を閉じて、瀬長を受け入れている。

その顔は、泣いているようにも笑っているようにも見える。

僕はリカにこんな顔をさせることが出来なかった。

頬に涙がつたう。一筋の涙が、弱々しくも、たどたどしくも、だけど真っ直ぐに僕の頬をつたう。

後ろでユッコが言う。

「どうしたの?早く入りなさいよ」

ユッコが僕の背中を押す。

僕はユッコにバレないように涙を拭き、深呼吸をしてゆっくりと扉を開ける。

瀬長とリカがゆっくりと解かれるように離れていく。

二人が完全に離れたのを確認して、僕は静かに部屋に入った。

リカが言う。

「おかえり。」

瀬長が言う。

「大丈夫だったか?」

僕が言う。

「うん、スッキリした。」

ユッコが後ろで言う。

「あたしはもうダメみた~い。あれ煙草がない。ねえリカ・・」

僕はユッコを制する。

「自分で行け。」

「へ?」

「自分で行きなさい。」

僕はそう言うと、席に座り、デンモクを手にして曲を入れた。

静かに、イントロが流れる。

流れ星 真心ブラザーズ

二人で見たユメは月の先っぽに引っかかり

上昇気流にさらわれて空へと消えていった

口からでた言葉はその時だけの音だけで

ぼくの心少し震わせて静けさに飲み込まれる

今でも優しい気持ちになれるよ

君を想い 淋しい 苦しい どう思われようともう一度 会いたい

君が大事にしていたものを

僕が好きだった君の事を

ずっと ずっと 引きずって行くよ

胸が熱くて のたうち回る 流れ星のように・・・

歌い終わった後、僕は泣いていた。

止まらない涙を、誰にもバレないように静かに拭く。

僕の恋は、終わったのだろうか。

いや、きっと始まってもいなかったんだろう。

自分の弱さに腹が立つ。

腹が立って仕方ない。

けれど、きっとこれでよかったんだ。

僕がリカに想いを伝えたら、きっとリカは困ってしまっただろう。

困って悩んで、きっと苦しませてしまっただろう。

これでよかったんだ。

「さあ、帰ろうか」

僕は力なくそう語りかけた。

「うん」

リカが頷く。

カラオケの鉄人を出ると、朝日がビルを乗り越えようとしていた。

乾いた冷たい風が僕らを通り越していく。

僕らは、カラオケの鉄人を後にした。

瀬長とリカとズゴックを駅で見送り、僕は板橋駅に背を向ける。

カラスが遠くで鳴いている。

それを見て僕は小声でつぶやく。

「お前も寂しいんだな」

今日も板橋には変わらない朝が来る。

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