どれくらい眠っていたのだろう。
「松本さん。起きてますか」
僕は、誰かの声が聞こえた気がしてぼんやりと目を開けた。
玄関に目を向けても、そこは薄暗いままで何もなかった。
気のせいかと思って寝返りをうつと確かにまた聞こえてきた。
「もうお休みになりましたよね」
僕は、幻聴ではないことに気づいて慌てて起き上がった。
すると、壁のすき間から淡い光が射し込んでいた。
声はそこから漏れているようだった。
僕は壁に近づいて「すき間」を覗いてみた。
そこには、秦野さんが座っていてこっちを見ていた。
すき間越しに目が合った。
「気づいていたんですね。この穴」
僕がそう言うと、秦野さんはいつものように目を伏せて笑った。
「引っ越して来た日に気づきましたよ。こんな大きい穴。最初はびっくりしたんですけどね」
「そうでしたか」
「松本さん、次の日の朝に一緒にご飯食べた時、この穴のことは言ってくれなかったから、きっと言いたくないんだろうなって思って」
「なんか、言い出せずに・・すいません」
「ラーメン屋さんとか古本屋さんのこととか、いっぱい教えてくれたのに」
「すいません。言うべきだったんでしょうけど」
「いいんです。言ってもお互い気を使うだけですもんね。それになんか安心しました。寂しい時とか、松本さんのいびきが聞こえてくると妙に落ち着いたりして」
「うるさくなかったですか?」
「いえ、ちっとも。わたしこそうるさくなかった?」
「全然。僕そういうのまったく気にならないので。でも、どうしたんですか。こんな時間に」
今が、何時かも分からないまま、僕はそう聞いた。