チラシに書かれていた住所にたどり着くと、そこは普通のアパートの一室だった。
表札には「上林」と書かれていたが、 その下に「劇団シンクロ窓口」とあったので少し安心した。
チャイムを鳴らすと、長髪にマスクをした不健康そうな男が出てきた。
男は僕を見るなり、警戒するように威圧的な表情をした。
新聞か、勧誘か、取立てか、そんな風に思ったのだろう。
僕は、なるべく敵意のないことが伝わるように声をワントーンあげて話した。
「あの、以前こちらに所属していた秦野さんの友人なんですけど。少し聞きたいことがありまして伺ったのですが」
男はそれを聞くと、マスクを取って小さくため息をついた。
見覚えのある顔だった。
秦野さんが出ていた舞台で 何度か見たことがある役者だ。
「きみは・・秦野の・・・身内の人?」
「いえ、まあ少し付き合いがありましたもので」
「そう、いや俺も困ってんだよね。事務の経験があるっていうからさ、興行費とか運営資金とかお金の管理を全部あの人に任せてたんだけど」
「はい」
「この間からまったく連絡つかなくなってさ。携帯も繋がらないし、家の住所もデタラメだったし」
「そうなんですか」
「まあ、一応警察に被害届は出したけどさ。もう最低だよ。おかげで次の公演も全部白紙だ。とんでもねえババアだよ。あんたは?いくらやられたの?」
「いや・・・僕はお金の被害は特になかったんですけど。あの、何か言ってませんでしたか?」
「なに?」
「1年間の期間限定で役者をやってるとか、実家に帰るとか。その辺の話は」
男は腕を組んで考える素振りを見せた。
僕を部屋の中に入れるつもりはないらしい。
部屋からエアコンの冷えた空気が逃げ出してきて、僕は涼しさを覚える。
「そんな話は聞かなかったけどねえ。独身で普段は製薬会社に勤めてるって言ってたけど、まあそれも嘘だっ たんだろうな」
「そうですか」
「この業界、別に詮索しないからさ。色んな人間がいるし。突然消える奴も多いしさ。でもあの人は、年もある程度いってたし、社会常識っていうの?そういうのもきちんとしてたからさ。信用しちゃったんだけど、まあ俺の見る目がなかったってことなんだろうな」
「・・・。」
「あんた、なんであの人探してるの?金盗られたわけじゃないんでしょ?」
「いや、突然いなくなったんで心配して探してるだけなんですけど」
「そう。余計なお世話かもしれないけどさ、その手の人間には深く関わらないほうがいいと思うよ。芝居なんかやるやつにろくな人間はいないんだからさ」
男はそう言うと卑屈な笑顔を浮かべた。
部屋の中から何かを印刷しているような機械的な音が、ガシャンガシャンと漏れてくる。
男の前歯が黒ずんでいる。
きっとこの男もろくでもないのだろう。そんな気がした。
「もし、何か分かったらここに連絡して頂けますか」
僕は、男に連絡先を書いた紙を渡してその場を去った。
アパートの外には、2匹の野良猫が寄り添うようにして日向ぼっこをしている。
その姿が気持ちよさそうで僕はしばらく見つめていた。