コラム

イタバシュラン短編小説集『板橋バンド物語ー人生が変わる。そう信じてたー』vol1

見上げれば、空。

当然のように広がる空が、どこまでも続いている。

新板橋駅近くの中山道の左右を繋げる陸橋の上で、ぼんやりと缶コーヒーを飲みながら行きかう車を眺めていた僕は、心にぽっかりと開いた穴の塞ぎ方を考えていた。

今年で僕は40歳になる。

頭髪も薄くなり、不摂生が続き、体重もここ数年で10キロは増えた。

仕事は、清掃とか、ポスティングのアルバイトを転々としているが、まるでパッとしない。

彼女はもちろん、いない。

友達も年を重ねるごとに疎遠になり、最近、僕が会話をするのは、近所で飼われている猫ちゃんくらいだ。

でも、その猫ちゃんとも三日くらい会ってない。

ちくしょう!!

寂しい!!

誰かと話したいよ・・。

子供の時が懐かしい。

スーファミやって、コロコロコミック読んで、ミニ四駆で遊んで・・・

真っ暗になるまで遊んで遊んで遊びまくってたあの頃に戻りたい。

もし今、僕が死んだら、誰か悲しむだろうか。

こんな退屈な人生なら、いっそ終わらせて来世で猫ちゃんにでもなって気まぐれに暮らしたい。

はあ・・・・

あからさまに大きなため息をついた僕の背後に気配を感じた。

振り返ると、モッズコートに迷彩柄のパンツを履いた男がジッと僕を見つめていた。

数秒間、目が合う。

無精ひげを生やしていて、えんじ色のニット帽を被っていて、分厚い眼鏡をかけている。

男は病気かと思うほど、あからさまに痩せていた。

男は何を言うでもなく、陸橋の上で僕の背後に立ち、僕を見つめいてる。

沈黙に耐えられなくなった僕は、口を開いた。

「・・・何ですか?」

男は、何かモゴモゴと口を開いたが、声が小さくて聞こえない。

「え?なんですか?」

(ヤバイ奴に絡まれたな・・・)

内心、そう思いながら、僕は男に聞き返す。

すると、男はスッと右手を差し出して僕を指さして言った。

「お前の方がヤバイ」

男はハッキリとそう言った。。

「え?」

「今、俺を見て、『コイツヤベーな』って思っただろ」

「・・・。」

「大丈夫。お前は俺の数百倍ヤバイ」

男はそう言うと、微笑んだ。無精ひげの向こうに黄ばんだ歯が見える。

そして大きなギターケースをリュックのように背負った男は、ゆっくりと板橋駅方面に向かって歩き出した。

僕は、呆然と男の背中を見つめながらも、段々と腹が立ってきた。

「おい!」

自分でも驚くような大きな声で、男に呼びかけた。

「待てよ!」

男に声をかけるも、男は止まる気配がない。

男は、ゆっくりと、しっかりとした歩みで板橋駅の方に向かって歩き出していく。

僕は、無性にイライラして力いっぱい叫んだ。

「お前の方がヤベーよ!いい年してギターなんか背負いやがって!現実逃避してんじゃねーよ!」

すると、男は歩みを止めて振り返った。

2台のトラックが陸橋をくぐり、僕は振動で少し揺れた。

男は、しばらく僕を見つめて言った。

「来いよ」

そう言うと、またゆっくりと歩き出した。

僕は、戸惑いながらも、見失わないように男を追いかけた。

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