コラム

イタバシュラン短編小説集『大根女優』第十三話

すき間から漏れた光が、優しく秦野さんを照らしている。

僕は秦野さんの正面に座った。

遠くで救急車の音が聞こえる。

自分の部屋に他人が入るのは初めてのことだった。

手を伸ばして秦野さんの頬に触れる。

温かい。

僕は秦野さんと見つめ合い、そして、そっと唇を重ねた。

とてもゆっくりとした口づけだった。

まるで部屋のすき間をそっと埋めるような、優しい口づけだった。

秦野さんは照れながら「大根の味がする」と言って静かに笑った。

僕は秦野さんの笑顔を見て、安心してそのまま横になった。

秦野さんは、僕にタオルケットをかけてくれて、寄り添うように隣で横になった。

・・・・・・・・

朝起きると秦野さんはいなくなっていて、すき間から覗いてみてもそこにはもう何もなかった。

僕らは連絡先も交換していなかった。

いつだって会えると思っていたから。

何もない部屋を覗いていると、急に寂しさがこみ上げてきた。

そこから僕は、しばらく秦野さんから手紙がきたりしていないか、期待して郵便ポストを覗いたりしていたけれど、何も届いているはずはなかった。

ただ1年前と変わらない、同じような生活が戻ってきただけだった。

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