それは秦野さんがいなくなって1ヶ月くらい経った後だった。
隣の部屋から物音が聞こえてきて、まさか秦野さんが戻ってきたのかと思った僕は、すき間を覗いていた。
しかし、そこにはスーツを着た男が2人立っていた。
(なんだよ、入居者の内覧かよ)
舌打ちをして布団に寝っ転がると、僕の部屋のドアを叩く音が聞こえてきた。
出てみると、さっきのスーツを着た目つきの悪い男が立っていた。
僕を見るなり、その男は
「二宮さんいつからいないの?」
と乱暴に尋ねてきた。
「二宮さん?誰ですかそれ」
男は僕の質問にため息をもらして、胸元から携帯電話を取り出して写真を見せた。
そこには優しく微笑む秦野さんが映っていた。
「この中年のババアだよ。ここに居たのは分かってんだ。いつ居なくなった?」
「秦野さんのことですか?」
「秦野?ちっ、偽名使ってやがったか。で、いつから居ないの?」
「・・・さあ、もうしばらく留守のようですけど」
「なんだよ。おい、行くぞ」
目つきの悪い男は、もう 1 人の子分のような茶髪の男に向けて顎をしゃくった。
茶髪の子分はスーツのサイズが合っていなく、ひどく間抜けに見える。
「あの、なにかあったんですか?その人」
僕は慌てて、男に声をかける。
「そこいら中に借金しまくって消えた悪人だよ」
「そんなこと・・・」
僕の返事も待たずに、男は吐き捨てるようにそう言うと、さっさと出て行ってしまった。