明け方、味噌汁のいい香りがして起き上がると、その香りは、明らかにすき間の向こう側から漂ってきていた。
その香りを嗅いでいるうちに、実家の母が作る朝飯を思い出して無性に腹が減ってきた。
コンコン・・・
ドアを申し訳なさそうにノックする音がした。
開けてみると、エプロン姿の秦野さんが立っていた。
「おはようございます。寝てました?」
「あ、おはようございます。いえ、さっき起きたところでして」
「そうですか。ちょうどよかった。朝ご飯どうですか?昨日のお礼もしたいですし」
「あ、そうですね。でも僕は朝は食べないんですよ、せっかくですけど」
(この年配の女性が、あの若い娘だったらどんなにか良かっただろう・・・)
僕は、眩しいくらいの笑顔で僕を見つめる秦野さんの瞳を見てそう思った。
きっと、こういうありがちなシチュエーションは、恋愛ドラマや少女漫画には定番なのだろう。
だけど現実は、恋の予感どころか味噌汁の香りしかしない。
秦野さんからのせっかくの申し出を断った僕だったが、おなかは正直なもので、ギュルっと元気に鳴いた。
僕は途端に赤面し、毛穴という毛穴からぶわっと汗が滲み出るのを感じた。
ギュルッギュルギュル・・・・
秦野さんは両手で口を抑えて笑い、
「遠慮なんて入りませんよ。さあ、汚い部屋ですけど」
そう言って僕の部屋のドアを強引に開けて、自分の部屋へ手招きをした。