コラム

イタバシュラン短編小説集『大根女優』第七話

それから僕は、板橋駅近くの銭湯である「ゆうゆう」や、餃子が美味い居酒屋「平家」や、美味しいラーメン屋の「ほたる」など、自分の知っている板橋のすべてを秦野さんに教えた。

秦野さんは、ひとつずつ感心したようにふむふむと頷きながら、ノートに丁寧にメモをしていた。

「書かなくても、何かあったら声かけてくれれば教えますよ」と言ったのだけれど、秦野さんは

「突然思い立った時に松本さんがいなかったら困るじゃない」と笑って答えた。

僕は、「すき間」のことを言うか言わまいか迷った。

言ったら秦野さんはどう思うのだろう。

ノートに「すきま 若干 開いてる 注意」とでも書くだろうか。

お互いに必要以上に気を使うのは勘弁だ。

あんな大きい穴、僕が言わなくても秦野さんは気づくはずだ。

その時に笑い飛ばせばいい。

「松本さん!こんなところに穴が開いてますよ!」

「え?ほんとだ!たまったもんじゃないですね」

いつか、そう笑い飛ばせばそれでいい。

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