「ウェェェーン!!!!」
僕は、男が泣き止むのを待ったが、一向に泣き止むの気配を見せなかった。
「ウェェェー・・ウッッ・・ウェェェーン!!!!!
僕は、昔、いつだったか、明け方に観たドキュメント番組で、親と離れたセイウチが北極で雄叫びをあげたのを思い出していた。
「おい・・・悪かったよ。俺が悪かったから・・・」
謝ってはみたものの、何に謝っているのかも定かではない。見ず知らずのおっさんが、全力で泣いている。僕はある意味で一種のファンタジーを感じていた。
「ウェェェーン・・ど、どうせ・・ヒック・・お・・ヒック・・俺なんて・・・」
「悪かったから・・。じゃあ・・俺、行くな。まあ、、頑張れよ。俺も辛いけどなんとか頑張ってるし、お前もきっと・・なんとかなるよ」
僕はそう言って、その場をやり過ごし、カラオケルームを出ようとした。
すると男は、嗚咽をあげながら言った。
「俺・・・俺・・ヒック・・・一度でいいから・・・一度でいいからぁ・・・あぁ・・ウェェェーン!!!!」
「一度でいいからなんだよ!」
「一度でいいから、キャーキャー言われたいんだよぉぉ!!!」
「・・・。」
男は、そう言って更にアクセルを踏んで泣き出した。よくもまあ、見ず知らずのおっさんの前で思いっきり泣けるものだ。僕はある意味羨ましい気持ちになった。
「じゃあ、ギター練習して、バンド仲間探して、ライブやればいいじゃない。まずはそこからだろ」
「お・・・俺と・・・俺とぉぉーーー!!!!ウェェェーン!!!!」
「やだよ!!!」
「バンド組んでくれよぉぉぉ!!!!ウェェェーン」
「俺は無理だって!」
「いっつもそうだよ・・・。そう言って綺麗事並べて・・ヒック・・・いつだって嘘ばっかり・・ヒック・・どうせ俺なんて・・」
「じゃあ・・俺帰るわ・・。これ、気持ちだけど」
僕はそう言って千円札を差し出し、部屋を出ようとした。
すると、男は僕の腕をガッと掴み、言った。
「逃げるのか?」
「は?」
「お前は、そうやって逃げ続けるのか?」
「何を言ってる?」
「今までも・・そうだったんだろ。目の前の困難から逃げてきて、怠けてきたんだろ。そうやって自分を守って、だらだら年だけ重ねてきたんだろ」
「お前さ・・よくそんなこと言えるよな」
「俺は・・違う。確かにギターは弾けない。このギターだってメルカリで、、五万も出して、、騙されたのかもしれない。けど、動き出そうとしてる。何かを変えないと、ずっとこのまんまなんだよ。だから、俺は、怖いけど、変わろうとしてる。今はまだギターは弾けないけど、お前より少しはマシなんだよ」
「お前に俺の何がわかるんだよ!!」
「ヒック・・ヒック・・」
「俺は・・俺は少なくとも、現実を受け入れている。お前みたいに目を逸らして弾けないギターを背負って、人を見下したりなんかしない。俺は、同年代の奴らより見た目もカッコ悪いし、仕事も、バイトだし、まだ、女性と付き合ったことはないけど、、でも、それでも自分を嫌いになったりなんかしない。というか、自分が、自分の味方をしないと、こんな人生やりきれないだろ。だからお前もちゃんと自分と向き合えよ。キャーキャー言われるなんて無理なんだよ。違う意味でキャーキャー言われる方が近いんだよ。だから、そんなもの捨てて、ちゃんと向き合えよ」
「ヒック・・ヒック・・」
「人の目なんか、、気にすんなよ。きっとお前が思うほど、他人はお前に興味がないよ」
「俺は・・・俺はーーー!!!!!」
男の大きな声に驚いた僕は、少しだけ後退りした。
「あと・・・半年の命なんだ」
男はそう言うと、テーブルを強く叩いた。灰皿やマラカスが入ったケースが細かく揺れる。
「・・血液の病気でな。あと少ししか生きられないんだよ」
僕は何も言えない。
確かに男の顔色は血の気が引いたように青白く、頬はこけていて、腕も足も折れそうなくらい細い。
「一回でいいんだ。たった一回、満員のライブハウスで歌いたいんだ」
男は絞り出すようにそう言うと、僕の目を見て逸らさなかった。