板橋駅の方面へ、黙ったまま歩く怪しい男を、僕は黙って追いかける。
かぶら屋を越えても、串カツでんがなを越えても、男は立ち止まる
僕は、男と微妙な距離感を保ちながら、後ろをついて歩く。
男が背負っている茶色のハードケースが上下に揺れ動く様子を見つ
(なんなんだよ、コイツは・・・)
僕は、心臓の高鳴りを感じながらも、緊張しているのがバレないよ
すると、ふいに男が立ち止まった。
ゆっくりと左右を確認しながら、何かを考える素振りを見せて、数
「おい、お前」
「なんだよ」
「板橋に、スタジオはあるか?」
「スタジオ?そんなの知らないよ」
「・・・まあ、いいか」
男は、僕の返答に小さくため息をついて、近くにあるカラオケの鉄
「おい、どこ行くんだよ」
しかし、男はそれを無視して、受付に記入を始めた。僕はしばらく
「ごゆっくりどうぞ」
店員の声にも男は全く表情を変えず、案内された201号室に向か
カラオケルームに入ると、男はハードケースをテーブルの上に置き
僕はどうしたらよいか分からず、入り口に立ち尽くしている。
どのくらいそうしていただろうか。
男は、ギターを見せるでもなく、歌を歌うでもなく、ただ黙ってハ
僕は、その空気に耐えかねて、小さく舌打ちを漏らした。さっさと
すると、男はようやくハードケースに手を伸ばし、パチン、パチン
(なんなんだ、こいつ。訳わかんねえ。こんな狭い部屋で演奏でも
ケースの中には、黒いストラトタイプのギターが入っていた。ギタ
男が呟く。
「おい、モスビーって知ってるか?」
「知らないよ」
「そうか」
それ以降、男は、黙ったままぼんやりとギターを見つめていた。
(おいおい、なんなんだよ。一体。弾くならさっさと弾けよ。だいたいモスビーってなんだよ
僕はなかなかギターを手にしない男を見て、無性にイライラしてい
「なんか弾いてくれよ」
男は黙ったまま動かない。
「俺の方が”ヤバイ”んだろ?お前にはギターがあるんだろ?だから俺
男はギターを見つめたまま、答える。
「ギターは弾くものじゃない。感じるものだ・・・」
「お前・・・まさか・・・」
「・・・」
「ほんとは弾けないんじゃないか?」
「・・・」
「おい。なあ、嘘だろ?お前、まさかアレか?弾けないくせにギタ
男は震えている。
「昔いたよなあ。見栄を張って、英語読めないくせに英字新聞広げてたり、彼女い
「寂しかったんだよぉぉぉぉ!!!!」
男は、部屋中に響き渡る声でそう叫んだ。
「寂しかったんだよぉぉ。ウェーーーン、ウェーーーン」
男は、そう言ってこっちが恥ずかしくなる程の大きな声で泣き始め