コラム

イタバシュラン短編小説集 板橋の小さな夜 vol last

当たり前のことだが、一歩一歩進むたびに、マキさんとの距離が縮まっていく。

その距離を縮まるのが嬉しくもあり、少しだけ怖くもあった。

答えを聞くのが、マキさんの反応を確認するのに臆病になっている自分がいた。

心臓の音が聞こえる。どこか遠くで鳴っているかのような、耳を塞ぎこみたくなるほどの重低音は、僕の内側から確かに発せられている。

マキさんと向かい合う。微笑んでいる。

「びっくりした」

「なんか、もう会えないような気がして。急にごめんなさい」

「・・・ありがとう」

「え?」

「誕生日。あたしの誕生日。祝ってくれるんでしょ?」

僕は頷くと、マキさんに近寄り、抱きしめた。折れてしまいそうな細い体を力いっぱい抱きしめた。言葉なんていらなかった。僕はこの人を必要としていて、この小さな夜の幸せを噛みしめようとしている。

甘い香水の香りも、温かいニットの温もりも、マキさんの鼓動も、今は僕の胸の中にある。

「マキさん・・・また会えるかな」

僕は耳元でささやく。

マキさんは小さく頷いた。

「連絡先、聞いてもいい?」

「うん」

マキさんはバッグからガラケーを取り出して、「Eメールでもいい?」と照れたように聞いた。

僕は、もちろんと答え、マキさんとメールを交換し、その場を離れた。

・・・・・・・・・・・・

それから、1週間。

僕は、また忙しい日々に追われながら、それでも確かに毎日を生きていた。

時折送られてくる、マキさんからのEメールが、くじけてしまいそうな僕の心を支えてくれた。

あと3日。

あと3日で、誕生日だ。またマキさんに会える。

僕は、またファンファーレに行って、マキさんの誕生日を祝うだろう。

一瞬だけ訪れた幸せを逃さないように、板橋で迎えた小さな夜に明かりを灯すように。

そっと、マキさんにささやくのだ。

「67回目の誕生日、おめでとう」と。